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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)10356号 判決

原告 東宝地所株式会社

右代表者代表取締役 新堀きよ子

右訴訟代理人弁護士 鈴木重一

被告 株式会社山王ホール

右代表者代表取締役 染谷誠

右訴訟代理人弁護士 竜前茂三郎

竜前弘夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告主張の日、原被告間に原告主張の賃貸借契約(注―建物の賃貸借)が成立したこと、被告が昭和三七年一〇月分から昭和三八年一〇月分まで合計一三ヵ月分の賃料六五〇万円の支払を怠つたこと原告がその主張催告をしたこと、右の催告期間内には被告から右賃料の支払がなかつたことは当事者間に争いがない。そして、また、原告会社の取締役で本件建物の管理人株式会社山王会館の代表取締役である新堀重綱が被告から被告主張の小切手二通金額合計六五〇万円を昭和三八年一一月九日午前九時半ごろ受領したことも当事者間に争いがない。もつとも右弁済の提供がなされた時期に関し、被告はこれを同日午前九時半ごろと主張し、原告ははじめこれを認めたが、後に右自白を撤回し同日午前一一時五〇分ごろ以後と主張するが、本件全証拠によるも右自白が真実に反し錯誤にいでたものとは認められず、かえつて証人小林暢生、同人見信也の各証言並びに被告代表者尋問の結果によれば右は昭和三八年一一月九日午前九時三〇分ごろであることが認められるから、右自白の撤回は許されないものである。

ところで≪証拠省略≫によれば原告はその前日である昭和三八年一一月八日被告に対し内容証明郵便で本件賃貸借契約解除の意思表示を発したことが明らかで、右意思表示は被告会社に昭和三八年一一月九日の午前一一時四〇分ごろ到達したことは当事者間に争いがないので、結局被告の本件延滞賃料の提供は原告の解除の意思表示が発せられた後、その到達する前にされたことになる。

被告はその前に原告から支払の猶予を得たと主張するが、≪証拠省略≫によつてはこれを認めるに足りず、他にこれを認めるべき的確な証拠はないから、これを前提とする被告の主張は失当である。

しかし、本件は解除の意思表示が到達により効力を生ずる前に催告にかかる債務について弁済の提供があり、債権者においてこれを受領した場合であり、かかる場合になお解除の効力が生ずるかが問題である。

本件賃料の提供が遅延賠償の提供を伴なわなかつたことは弁論の全趣旨から明らかであり、かつその弁済は小切手によつてなされたことは前記のとおりであり、このような場合特段の事情のない限り債権者たる原告は右受領を拒絶して解除の効力の発生を待つこともまた許されるのであろうが、≪証拠省略≫によれば原告のために受領の権限を有した右新堀は右受領にあたりなんらその遅延をとがめることなく、即時これを受領して賃料一三ヵ月分の領収書を発行したものであり、また従来被告の原告に対する賃料支払は通常小切手で行なわれていたところ、昭和三八年一一月九日に交付された小切手についても原告はなんら異議を述べず即日株式会社日本相互銀行に取立依頼し、これにより預金口座を開設したことが認められるのであつて、このように催告期間後の弁済の提供につき債権者においてその受領を拒絶してすでに発した解除の意思表示の到達を待ち得るのにあえてその挙に出ず、異議なく催告にかかる本来の弁済提供を受領したときは、もはや解除権は消滅し、すでに発せられた解除の意思表示はその効力を生じ得ないと解するのが信義上妥当であり、このことは賃貸借のような継続的契約の解除においても同様に解してさしつかえない。されば本件賃貸借においても原告の解除権は消滅したものというべく、そのすでに発せられた解除の意思表示はその効力を生ずることなく終つたものというべきである。

しからば本件賃貸借契約が有効に解除されたことを前提とする原告の本訴請求は理由がないことに帰するからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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